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DACグループ思い出リレー #23 湯田浩通 編〈後編〉

前編は入社当時の話、周年旅行、衝撃的な事件についてでした。後半もお楽しみください!


一度会社を辞めました

入社して15年くらいのころのことです。
実は一度会社を辞めたことがあるんです。
当時あまり成績もふるわず、石川代表から「新しい事業所にいくか、会社をやめるかのどちらか」を選ぶように言われました。
「明日までに返事を」
と言われ、若かったこともあり、「じゃあ新しい道を探そうかな」と思い、「辞めさせていただきます」とお答えしました。
「じゃあしょうがないな」と言われ、特に引き止められずそのまま会社を辞めました。
そして1週間後くらいには再就職。
渋谷の百貨店で婦人靴の販売をすることになりました。
一日中立って仕事をするので、夕方になると足がむくんで・・・。
立ち仕事ってこんなにきついんだなと思ったことを覚えています。
働き始めて3ヶ月くらい経ったころでしょうか。
あるとき、石川代表から連絡がありました。
「社会勉強できたか?」と。
戻ってこいということでした。

DAC時代の同僚が私が渋谷の百貨店で靴を売っているのを目にしたそうで、その話が社長の耳に入ったようでした。
当時の副社長だった鈴木さんと面談をし、一週間くらい考えて、復帰させていただくことになりました。
新卒で入った会社でDACには仲間もいましたし愛着もありましたから、こうやって社長に声を掛けてもらって戻れて本当によかったなと思います。
そういった社員って実は私だけではなく、同じように一度会社を辞めて戻って来た人が何人かいます。今も「外の世界が見たい」と辞めていく人もいますが、DACの良さに気付いた時、そうやって戻って来てくれる人が増えたらいいなと思っています。

心機一転!

そこからは総務、そのあとは人事部として今に至っています。
新しい仕事、初めてやることがほとんどで、毎日勉強でした。
どんどん会社は成長していって、あの雑居ビルからこんなに立派なビルにオフィスを構え、全国に拠点があるような会社になりました。
新しいことをどんどんやり始めて、変化のスピードも上がってきて、それについていくのに必死でしたが、DAC歴も38年となりました。

勤続30年表彰。社長の涙—

勤続30年表彰のとき、社長が表彰状を渡す際、泣いてくださったんです。
恐らく勤続30年の社員がいるとは思ってなかったんだと思います。
思いがけず私がいてびっくりされたんじゃないかなと。
勤続25年表彰のときは私の他に表彰された人があと2人いました。
私の先輩や同期ももうみんな辞めてしまって寂しいですが、代表はもっと多くの人が辞めていくのを見て、悲しい思いもされていると思います。でも常に前を向き続けて、今いる社員に感謝されていて、だからこれだけ長く代表でいられるんだろうなと思います。

次は・・・
次にバトンを渡す相手ですが、デイリー・インフォメーション関西の新藤さんを指名したいと思います。
新藤さんとは営業時代一緒の部署で働いていました。入社当時から10年選手みたいな風貌でしたね。その当時、営業力はDACグループで指折りでした。みんな必死に営業している中、「先に失礼しまーす」って涼しい顔して帰っていっていたのを覚えています。
そんなクールなイメージですが、熱いところもあるんですよね。
ピアノも上手だったり、意外な一面もあります。
あの代の同期は個性溢れる人が多いですね。
きっと面白いお話が聞けると思いますよ!


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